2009/08/16

金澤玉響 ひがし茶屋街の猫奴さん


ひがし茶屋街には首輪をしていない、カテゴリー的には野良猫なのだろうけど
皆に認知され育まれている猫が何匹かいる。
それぞれ大体のテリトリーを持ち、風景に溶け込みながら暮らしている。

この猫奴さんは・・・ひがしの広見前、螢屋さん周辺がお気に入りの様子。
自由気ままに、優雅に歩き回り佇み、寝転がる。

ちなみにこの30秒くらい前は柳に集う若ツバメ達
(ひがしでは軒先にツバメを迎える家が多い)を狙って
幹を2階の高さくらいまで、あっという間に登り、降りて来た。

もう、そんなコトは・・・・まるで無かったかの様です。
(投稿日時は撮影日時)

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金澤玉響 宝円寺


宝円寺は藩主一族の位牌が安置されている前田家の菩提寺。
私はよくお参りに行き
「金澤の街を作って下さってありがとうござます」と頭を下げる。
茶道が盛んな金澤の人には「梅鉢茶会」の会場としてもお馴染み。
この周りは兼六園から数百メートルしか離れていないコトが
にわかに信じられない様な幽邃な趣。
複雑な地形の旧市街の中でも最も不思議な場所。

周辺の旧町名 百々女木は用水として流れる源太郎川の水音が轟々と轟いていたコトから。(元は轟来町。明治に百々女木町に)
木曽坂、木曽谷も、「まるで木曽の山奥にいるような趣」だから。でもそこから2〜3分歩けば・・・まったく次元の違う世界へ
その真ん中に位置する宝円寺。さすが前田家、見事な立地。

(投稿日時は撮影日時)

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2009/08/15

金澤玉響 柿木畠の広見から 夏の早朝


夏の夜明け、日の出を挟んで前後30分くらいの光の変化は楽しい。これは日の出2分前くらいの光、に照らされた柿木畠。
ここにはちょっとした「広見」(藩政期、主に火事の延焼を防ぐ目的で旧市街のあちらこちらに設けられた空間)があって、路地の中にぽっかり空いた空間は子供の頃から不思議に思っていた。
それぞれに、思い思いの趣向を凝らしたビルが、広見に沿って、路地に沿って、用水に沿って、複雑な高低差のある地形に沿って建ち、それでも全体的に纏まってみえるのは、金澤の風土がも及ぼす影響力、そして不思議なマジックアワーの力。

(投稿日時は撮影日時)

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金澤玉響 仙石通り交差点 夜明け前


香林坊あたりの地上は、東西に延びる小立野台地の尾っぽ、金沢城のある台地の陰になり夜明けの光が若干遅れて届くんだけど、
北國新聞会館にはもう夜明けの光が射して淡く輝き始めている。
(実際に卯辰山方面から眺めると小立野台地の向こう側にこのビルの高層部分がよく見える)

白い壁とガラスで構築されたこの建物が最も美しく見えるのは、この時間から夜明けまで。
金澤のマジックアワー(モノが最も美しく見える日の出、日没前後の時間)を見事に映し込む巨大なオブジェ。
(投稿日時は撮影日時)

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